慶応3年(1867年) 静岡市下魚町47番地(現在の静岡市常磐町2丁目5番地)にて壁材・漆喰などの建材を扱う 店主・肥田勇蔵
 
 
  明治25年(1892年) 浅野セメント株式会社(現太平洋セメント株式会社)と静岡県一円の特約販売契約を結ぶ 屋号―肥田屋 店主:肥田権左衛門
 
 
  大正4年(1915年) 浅野スレート鰍ニ特約店契約 スレート工事着手、アスファルト防水工事着手 屋号―肥田商店 店主:肥田重太郎
 
 
  昭和8年(1933年) 株式会社肥田商店設立 資本金50,000円
 
 
  昭和14年(1939年) 名古屋出張所開設
 
 
  昭和16年(1941年) 肥田茂蔵社長就任
 
 
  昭和18年(1943年) 肥田航機設立、飛行機の部品製造、但し肥田航機は終戦と共に解散
 
 
  昭和23年(1948年) 資本金100,000円に増資
 
 
  昭和25年(1950年) 建設大臣登録の許可を得る
 
 
  昭和28年(1953年) 資本金1,600,000円に増資 日本瀝青工業の静岡県代理店
 
 
  昭和31年(1956年) 日本エタニットパイプ(株)の静岡県代理店、水道資材販売に着手
 
 
  昭和37年(1962年) 市川土木第一生コンを一手販売、生コン販売体制強化、運送部を独立し、肥田運送株式会社を設立
 
 
  昭和38年(1963年) 富士出張所を開設
 
 
  昭和45年(1970年) 100年以上も営業を続けた常磐町も狭隘のため、静岡市柚木570番地に移転して、商号を株式会社肥田建材に改める。日本セメント(株)などと共同出資で、浜松と富士宮に静岡アサノコンクリート株式会社(生コン製造工場)を設立する。浜松出張所を開設
 
 
  昭和46年(1971年) 株式会社武智工務所特約店になり、武智三角杭の施工販売。旭化成工業鰍フ特約店となり、AHSパイルの施工販売に着手
 
 
  和51年(1976年) 肥田茂蔵社長病死のため、肥田隆輔が5代目社長に就任
 
 
  昭和55年(1980年) 大東コンクリート工業(株)を設立
 
 
  昭和56年(1981年) 大東コンクリート工業(株)操業開始
 
 
  昭和57年(1982年) 資本金30,000,000円に増資
 
 
  昭和58年(1983年) 水道課を水道部に昇格。日本セメント椛n立100周年で、日本最古のセメント特約店として表彰を受ける
 
 
  昭和59年(1984年) 芙蓉興発(株)を設立
 
 
  昭和61年(1986年) 保険部(損害保険)を拡充。ヒダ興業(株)を系列に加える
 
 
  昭和62年(1987年) CIを導入してヒダ株式会社と商号を改める。不動産部を開設。創業120周年記念式典を盛大に挙行。名古屋、富士、浜松の三出張所を支店に昇格。浜松支店を新築移転、富士支店を新築移転。煙草販売部を開設。アート・イン・クサナギをJR草薙駅前にオープン
 
 
  昭和63年(1988年) 小西運輸(株)を系列に加える。大東コンクリート工業(株)第二工場を増設
 
 
  平成元年(1989年) 肥田運送(株)静岡北営業所開設。宝くじ部開設。大東コンクリート工業(株)第二プラントを増設
 
 
  平成2年(1990年) ヒダ興業(株)新社屋建設。小西運輸(株)倉庫業免許取得。カラオケルーム「ロンドン・ボーイズ」オープン
 
 
  平成3年(1991年) 肥田運送(株)と小西運輸(株)が合併し、ヒダ物流(株)を設立。神明ボウルオープン
 
 
  平成4年(1992年) 本社別館を新築。本社、富士支店、浜松支店の営業部門を統合し、事業部制開始
 
 
  平成7年(1995年) 名古屋支店移転。生命保険業に参入
 
 
  平成8年(1996年) CRS(クリーニングリフォームシステム)クリーニング・リフォーム業に着手
 
 
  平成10年(1998年) モバイル通信部を設立。NTTドコモ一次代理店となる
 
 
  平成12年(2000年) ドコモモール草薙店を開設。ヒダビーミックス21を開発
 
 
  平成13年(2001年) 静岡市紺屋町7‐8に第三ヒダビルを購入。モバイルプラザ静岡駅前店を開設
 
 
  平成15年(2003年) 6月より、ヒダグループ連結決算制とする
 
 
  平成16年(2004年) 大東コンクリート工業(株)とヒダ興業(株)が合併し大東コンクリートヒダ興業(株)を設立



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